横山たかし・ひろし(よこやまたかし・ひろし)は、松竹芸能所属の漫才コンビ。横山やすしの弟子で、ともに明蝶芸術学院の出身。1968年(昭和43年)コンビ結成。同年新世界新花月で初舞台。ホラ吹き漫才の第一人者でもあった。 横山たかし(よこやま- 、1948年(昭和23年)10月6日 -
16キロバイト (2,340 語) - 2019年6月2日 (日) 09:57



(出典 www.kyousaku.karadane.jp)


横山たかし・ひろし

(出典 Youtube)


赤いハンカチを噛むとこが大好きでした( ;∀;)

1 ニーニーφ ★ :2019/06/02(日) 12:06:32.95 ID:7iXMdWt09.net

金ピカ衣装で「おぼっちゃま」キャラを貫き、
赤いハンカチをかみ「すまんのぉ~」。
ほら吹き漫才の第一人者、
漫才師横山たかし(本名・山高考)さんが
1日午前3時ごろ、大阪市内の病院で
亡くなっていたことが2日、分かった。
70歳だった。
昭和の上方演芸界を代表した漫才師、
故横山やすしさんの弟子。

たかしさんは昨年1月、
腸腰筋膿瘍(ちょうようきんのうよう)の手術を受け、
療養した後に、
同5月の興行で車いすながら、
舞台復帰していた。
復帰後も、足や腰のリハビリを継続。
親しい関係者によると、
その後、再び腰の痛みなどを訴え、
治療を続けたが、再起はならなかった。

最後の舞台は、昨年12月24日、
大阪・阿倍野でのイベント出演だった。

たかしさんは1948年10月6日、愛媛県生まれ。
同じ愛媛県出身の相方横山ひろし(72)と
68年にコンビを結成した。
故やすしさんに師事し、
駆け出し時代を「数えきれんぐらい叩かれた」と
振り返ったことも。
当初は、たかしさんが女性を演じた
「おかまどつき漫才」で個性を確立したが、
後に路線を変更。
たかしさんが「大金持ちのおぼっちゃま」
「藤圭子が愛人や」などと、
荒唐無稽なホラを吹くネタが受け、
独特の漫才スタイルを築き上げた。

94年には、上方漫才の頂点「上方漫才大賞」を受賞するなど、
しゃべくり芸を極め、松竹芸能所属のベテランコンビとして、
舞台を中心に活躍してきた。

私生活では、夫人に逃げられたと
ネタにするなどして笑わせ、
熱烈な阪神ファンとしても知られ、
毎試合、テレビなどで観戦するのが
「生きがい」とも話していた。

14年3月に、たかしさんは、
ヘルニアをともなう
腰部脊柱管狭窄(きょうさく)症を発症し、
約1年に及び活動を休止。
リハビリを経ても、下半身の自由がきかず、
後輩芸人からのアドバイスを受け、金ピカ衣装にちなみ、
金色で統一した車いすにのり、漫才を再開していた。

復帰の舞台では、車いすについて
「安倍総理がおぼっちゃまが苦しんどるから」
手配してくれたと言い、「純金48億円の車いすや」。
腰を痛めた原因は「38億円の純金衣装が重すぎた」などと、
そのほら吹きぶりはさらにパワーアップ。
ブランクを感じさせず爆笑を奪っていた。

通夜は1日に、葬儀は2日に、
たかしさん本人の強い意向で、
すでに密葬として終えられた。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190602-06020230-nksports-ent


(出典 i.daily.jp)



(出典 news.nifty.com)


【『横山たかし死去「すまんのぉ〜」』金ピカ衣装のおぼっちゃまネタで知られる漫才師!】の続きを読む